(F) 治療と予防 |
1) 治療 |
そこで、ここに治療に対する格言を述べておくことにしましょう。
「当り前のことじゃないか!」と思われるかも知れませんね。しかし病気になった株をダメにしてしまう最大の原因は、病原体を見極めることや最もよく効く薬を見つけ出すことではありません。一日でも速く治療することなのです。進行の速い軟腐病は言うまでもありませんが、多くのパフィオ愛好家はその他の病気は意外に進行が遅いことをご存じのようで、日頃の観察で首尾よく発見した病気を、「つい・・、つい・・」とか「今、チョッと忙しいから・・・次の休日までは大丈夫だろう・・・」などと自分勝手な言い訳をならべ、病徴がどんどんと進行するまで放置していることが多いように思います。どうです。思い当たるところがあるでしょう。その気の緩みこそ株を台無しにする最大の原因であることを決して忘れないで下さい。自分の過失を棚の上にあげて、「薬が効かない・・・。」とか、「あの本にはウソばかり書かれている。処方どおりにやってもチッともよくならない」なんて言うのは言語道断なのです。どうです。痛いところを突かれたでしよう。まあ、今後は心を入れ換えて、あなたのパフィオに「偽」ではなく「真」の愛を与えて下さい。
さて、本論に戻り、具体的な治療法を述べることにします。早期の発見が重要であることはいうまでもありません。そして、異常な病徴を発見したら、
(1)り患部の切除(原則) |
(2)場合に応じて局部的あるいは株体など、薬剤による処置を行う。 |
(3)必要に応じて植え替える |
(4)隔離 |
(5)20〜25゜Cの高温にして、風通しを良くする。 |
(6)薬剤の繰り返し処理 ・・・・・ 週1度の割合で2〜3回 |
を実行します。次いで状況に応じて時には即座に、あるいは、少なくとも一年に二度(春と秋に行う屋外への株の出し入れの時)は
(7)ベンチの消毒 |
適切な薬剤、あるいは抗生物質(ストレプトマイシン等)などを散布するようにします。治療の実際と薬剤に次いては、予防の後にまとめてお話することにしましょう。
2) 予防 |
洋ランの病気の治療における実質と見かけには大きな隔たりがあります。すなわち、薬剤の使用により病原体が完全に排除され(実質的治療)ても株が元気を取り戻し生育を始める(見かけの治療)までにはかなりの時間を必要とするのです。薬剤の効果が目だたないために、性急な人だと生育を待てないばかりか薬剤の効用さえ疑う場合もあります。従って、病気にかかった株を見つけたときには落ち着いて適切な処置を迅速に行い、心静かにゆっくりと快復を待つようにして下さい。それが待ちきれず次々と新手の治療を施すと、かえって状況を悪くすることになりかねません。病気の治療を一言で言うと、「迅速な行動と忍耐」です。そして、この様な状況に陥らないように病気に感染することをできるだけ抑える防除こそ最も大切なことであり、われわれが最も真剣に取り組まねばならないことなのです。
これは決して特殊なことではなく、株に水や肥料をやるのと同等に考えて実施してください。
次に、予防の実際を挙げます。
1)少なくとも春(3月〜5月)と秋(9月下旬〜11月)には予防のための薬剤を噴霧する。
殺虫剤と殺菌剤(規定の使用濃度を更に2〜3倍に希釈してもよい)の混合液を2週間に1度の割で数回噴霧します。薬剤の種類は後述参照。その間の週には他の薬剤との混合が難しい銅剤(ボルドー液)を規定使用濃度あるいはその2〜3倍希釈した濃度で噴霧します。
2)ベンチの清掃と消毒を励行する。
枯れた葉をベンチ付近や棚下に放置することは好ましくありません。ましてや病気の株の切り取った葉を放置しておくのは厳禁です。ベンチの回りは常に清潔にしておくように心がけることが大切。夏の間、外に出していた株を秋に温室内に取り込む前に温室内を清掃し、ベンチや不潔になりがちな所をベンレートやアグリマイシン(ストレプトマイシン)等で消毒することは効果的でしょう。このとき、温室の外に出している株も殺虫剤と殺菌剤の混合液で消毒し、清潔な状態で温室に持ち込むように心がけて下さい。
3)風通しをよくする。
通風は株の生育をよくするばかりでなく、病気の予防にも大切です。自然の通風が十分に望めない場合には扇風機を用いて強制的に外気を取り入れたり、温室内の空気を循環するように心がけます。真冬でも1日に1度は外気をを取り入れるようにするとよいでしょう。
4)使用器具類の安全を確認する。
株を直接傷つけるナイフ等の器具はできる限り使い捨てのものをお勧めしますが、繰り返し使用する場合には5%の第3リン酸ナトリウムやファイサン20のような薬剤の他、アルコールにつけて火炎消毒するとよいでしょう。
5)株に不必要な傷をつけない。
株分けの時はもちろんのこと植替えの場合にも株や根に傷をつけることになります。傷ついた部分にはベンレートあるいはボルドー液で消毒するとよいでしょう。植替え時には根を必ず薬剤消毒することを習慣にすることをお勧めします。一方、気が付かないうちに株に傷を付けるのが害虫です。発生してからでは遅いので、発生しないように予防を怠らないようにします。
3) 治療及び予防に用いる薬剤 |
病徴が現れた株を治療するには治療薬、病気に感染しにくくするためには予防薬を用いることになりますが、実は両者は基本的に同じものです。即ち、病原体を即時的に除外するには、少々の副作用(株に対する影響)を覚悟して濃度の高い薬品を用いることになりますし、一方、予防のためなら比較的低濃度の同じ薬品を頒布すればよいことになります。
また、薬剤の種類は様々です。巷に出回っている病気の解説書には、多種多様の病名と、各々に適切だと支持した薬品名が幾つも列挙されているようです。これらを正直にとらえると、病気と薬品の一対一の対応を覚えなくてはならないという脅迫観念にとらわれるに違いありません。結論を先に言いましょう。
ヒトの病気だって十分に解っていないこの時代に、たかが植物の病気について詳細な調査研究が進んでいるはずがないのです。端的に言えば、実に大ざっぱな対処でよいのです。我々が病気になったときには様々な症状が現れますが、医者がくれる薬には二種類あります。症状を抑える薬と、病気そのものを直す薬です。植物に与える薬には前者に相当する薬はなく、病原体を殺す薬だけなのです。従って、適切な処置により病気の株から病原体を取り除くことができると、あとは植物体が自分自身の力で傷ついた体を治癒するのを待つ以外にしようがありません。従って、我々にできることは適切な薬剤で病原体を断つことだけなのです。後はできるだけ株の生育環境をよくしてやることだけです。
まず、ウイルスは特殊な現れ方をするので容易に区別ができるでしょう。すなわち、一般的な病徴はまずはウイルスによるものではないと考えられます。次に、バクテリアによるものは軟腐病だけです。これはかなり特徴のある病徴を示すので、その特徴さえ覚えておくとよいことになります。したがって、残りのほとんどの病気はカビによるものと言えます。すなわち、パフィオペディルムでよくみられる病症のほとんどはカビによって起こされるものなのです。どうにも解らない病徴があれば、カビによるものであろうと判断すると正解の確立は高いことになります。このようなことを踏まえたうえで、以下に述べる治療薬を準備しておくことをお勧めします。どの薬を用いるかは、あまり深く考える必要はありません。簡単に手に入り、自分で扱いやすいと思ったものを用いるとよいでしょう。しかし、常時使用していると病原体がその薬剤に対し抵抗性を持つようになることがありますので、よく似た結果が期待される治療薬を複数準備し、時折変えて用いるようにして下さい。
|
(1)細菌(バクテリア)が原因となる病症 |
抗生物質(ストレプトマイシン、ペニシリン等) |
効果は非常に高いが、一般の人には入手しにくいようです。一般には、アグリマイシンなどのような農業用のものを用いますが、規定の希釈で使用すると成長阻害、奇形などが頻発するようで、これでは濃度が高すぎるように思います。従って、比較的高濃度の薬剤を必要とする治療には向きません。 規定のさらに10〜100に希釈して使用し、予防に用いると効果的と思われます。高濃度の薬剤を用いて成長が阻害された株や花に奇形が表れた株に付いては、遺伝子に変異が起こっているとは考えにくいので、いずれ正常な株に戻ると考えられます。しかし私の経験では、このような株は数年を経過しても元に戻らないことから、そのダメージは想像以上に大きいものと考えられます。使用には十分に注意してください。 |
重金属溶液 |
Hg剤−−−赤チン、昇コウ 重金属がカビやバクテリアの生育を著しく阻害することが知られていますが、これらは人体へ吸収沈着され人体への悪い影響を与えることが強く示唆されているため、現在では薬品の使用も販売も法律で禁止されています。 |
Cu剤−−−ボルドー 前述に類似した効果が期待される金属(銅)剤ですが、前者に比べるとその効果は大きく落ちるようです。治療薬として用いるより予防薬として用いる方がよいようです。治療薬として用いるならば、塗布剤としてファレノプシスを治療した成功例があります。水でボルドーの粉末剤を溶かして糊状に練ったものを患部に直接塗込みます。近辺の組織が異常な形態になることもありますが、新しい葉や花には異常をきたさないようです。 |
ビグアニド(塩素含有有機消毒剤) |
ファイサン20、クリーンA等、比較的新しいビグアニド系の殺菌剤です。1000倍希釈で予防に用いるように勧められていますが、この濃度では高い効果が認められないことから実際には100倍希釈で用いる方が多いようです。その結果、葉の局部的な白化(葉緑素の分解による)や著しい成長阻害が認められる事を多くの経験者が語っています。これらの薬剤を比較的高濃度で株全体に噴霧すると株の中心部に薬剤が溜り、それが長時間にわたって組織を痛めことが考えられます。この薬剤は長時間効きめが保持されることに高い価値が認められるものなので、このような結果を現すのは自明の事だけに、明らかに使用方法のミスと言わざるを得ません。従って、初心者にはこの薬剤を予防薬として用いることは難しいと思われます。しかし私は、この薬剤は予防薬として用いるよりむしろ治療薬に適すると考えています。たとえ治療薬として患部に高濃度(原液)で使用しても株に対する障害は病原体が感染している患部に限られているので安心して用いることができますし、大きな効果は経験的に保障されます。詳細は後述の治療実際例を参照にして下さい。また、器具やベンチの消毒に高濃度で用いてもよいでしょう。 |
ナトリフェン(Natriphene) |
アメリカなど諸外国で多用される抗菌剤です。後述、菌類の治療と予防にも効果があります。私は使用した経験がありませんが、経験者によると株に対する影響が強いとのことです。しかし外国では頻用されることから、有効な薬剤と考えられます。問題があるとすれば、使用時の薬剤濃度に注意することとと思われます。すなわち、高濃度で使用すると生育が著しく阻害されると考えられます。 |
|