1.交配のねらい

交配の目的は大きく分けて2つある。まず第一は、パフィオペディルムのメリステム増殖が十分な成果を得ていない現在において、原種の保存という問題の解決には交配が極めて有効な手段になると考えられることである。すなわち、優秀な選別個体や貴重な原種においては、セルフクロスあるいはシブリングクロスによる増殖が望まれる。特に前者のような遺伝子レベルの高い交配では、親に用いた個体と同等あるいはそれ以上の個体が高い確率で得られることが期待される。また、このようにして選別された優良な個体は、後述の交配品種の作出においても極めて有効な戦力となるであろう。第二は、観賞価値の高い交配品種の作出である。優良な品種が比較的容易に入手できるようになった現在、系統的かつ合目的的な交配が自由に行えるようになった。したがって、一部の専門家ばかりでなく一般趣味家にとっても、目的とする交配の花を咲かせることが夢ではなくなってきたといえる。しかし、有り合わせの株を用いた一時的な思いつきの交配は極力避けるべきである。交配から開花までの少なくとも4、5年の歳月を必要とする長期計画において、思いつきの交配がいかにむなしいかは容易に想像できる。なぜなら、この4、5年の間、交配の結果を期待しながら愛情を持って栽培し続けなければいけないからである。一時的な思いつきによる価値の低い交配は栽培するものにとっても同等の価値しかなく、その結果、価値の低い交配苗は知らず知らずのうちに消滅してしまうことになる。従って、交配は交配親の実績等をよく考慮したうえで、十分な配慮の元に行うことが肝心であろう。

2.花の構造と交配の方法

交配をするためには、まず花の構造(図1)を知る必要がある。特に花粉塊(a)、柱頭(b)、唇弁(ポーチ、c)などについては不要な花を実際に解剖することによりその位置と形態を確認しておくとよい。交配したい株が決まると、どちらの花の花粉(雄)を、もう一方の花の柱頭(雌)につけるかを決断する。交配を行いやすくするため、柱頭を用いる側(雌)のポーチは取り除いておくとよい。熟達すると、花の観賞価値を落とさないように下がく片(VS)に孔を開け、背後から花粉を柱頭に付けられるようになる。

交配の方法(図2)は極めて簡単である。
(1)つまようじ等で花粉塊(a)を取り外し、
(2)柱頭部(b)の窪みに付ければよい。
この時、雌として用いる株は、開花後少なくとも4〜5日を経過しているものが好ましい。また、この株は、半年以上の間、種子をその子房内で育てるので、十分に勢力のある丈夫で健康であることが望まれる。交配の記録(親の名前と日付)は油性インクあるいは鉛筆でラベル等に記入し、しっかりと花茎に付けておくことも忘れてはならない。

<花粉について>

花粉は、開花後少なくとも1週間(普通1〜3週間)を経過したものを用いる。開花直後の花粉は、未成熟で白っぽく粘着性がない。一方、交配親として利用価値の高い花粉は冷凍(−20〜−70℃)で保存するとよい(図3)。特に花期の異なる花同士を交配するには、極めて有効な手段となる。このようにして保存された花粉は、−20℃で冷凍した場合、少なくとも1年間、−70℃では半永久的に用いることができると言われている。私は、−70℃で3年間保存した花粉を用いて良い結果を得た。また、保存する花粉は新鮮なものに限る。古くなったものは、花粉塊の鮮やかさがなく粘着性も衰えている。

3.成熟期間につづく