2002.11.15

パフイオに寄生するハダニとその防除方法

山家 弘士 (日本パフィオペディルム研究会会員)


目  次
1 ハダニと昆虫の違い
2 パフイオに寄生するハダニの種類と生態
3 ハダニの発生と被害の様相
4 防除時期と殺ダニ剤使用に当たっての注意点
5 殺ダニ剤の分類と特性
6 薬剤抵抗性
7 主な殺ダニ剤とその性質
8 生物防除


1.ハダニと昆虫の違い

分類学上ハダニは昆虫綱とは別のクモ形綱に所属しています。

 昆虫の成虫の身体は頭部、胸部、腹部の3つの部位に分かれ脚は3対6本あります。これに対しダニの成虫はクモと同様、頭と胸が一緒になった頭胸部と腹部の2部位からなり脚が4対8本あります。

 このように分類学上全く異なる生物であり、多くの殺虫剤は代謝経路の違いから一部を除いてハダニに対して効果がありません。ハダニ防除を行うには殺ダニ剤の使用が不可欠です。


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2. パフイオに寄生するハダニの種類と生態

 ハダニ類の繁殖は極めて旺盛で年間10数世代を繰り返します。特にハウスのような高温乾燥下では極めて旺盛に繁殖し、25〜28℃の乾燥下で卵期間2〜3日、幼虫〜若虫期間6〜7日で成虫になります。

 卵から孵化した個体は幼虫、脱皮をして第1若虫、第2若虫を経て成虫となります。各ステージの間には静止期がありこの間は活動を休止します。

 メス1頭あたりの産卵数も平均100卵に及ぶものがあり、短期問のうちに温室全体に拡散し著しい被害を与えます。
 
 野菜、花き類(ランを含む)を加害するハダニの主要種はナミハダニカンザワハダニミカンハダニなどです。

1、ナミハダニ
形態:
 黄緑型(ナミ型)と赤色型(ニセナミ型)があります。ナミ型には淡黄緑色の夏型(胴部に2黒紋を持つ)と淡橙色の休眠雌(黒紋を欠く)があります。一方、ニセナミ型は常に赤色、体長0.58mm内外。
 雄成虫はいずれの型とも体長0.45mm内外。卵は淡黄色、球形、産卵当初はほとんど透明ですが、孵化直前になると淡赤色に変わります。幼虫は体長約0.2mm、ほぼ円形で脚は3対ですが成虫の脚は雌雄ともに4対です。赤色型は最近までニセナミハダニと呼ばれていましたが、黄緑のナミハダニとの間に遺伝子交流がみられることから、現在ではナミハダニと同種とする意見が強いようです。
生態:
 ナミハダニは作場における優先種となっている場合が多く、薬剤に対して抵抗性の発達がみられ、その程度も他のハダニ類よりも大きい場合が多いようです。本種は本来冬期に休眠しますが加温ハウス内では休眠しない場合が多いようです。
また、カンザワハダニに比べて低温時の産卵数が多いのも特徴です。また、ニセナミ型は暖地に多く休眠性を持ちません。露地での年間発生回数は10回前後。発生盛期には1世代を10日ぐらいで経過します
2、カンザワハダニ
形態:
 夏型雌はくすんだ赤色〜赤褐色で不規則な暗色部を持ちます。前胴体部の赤い眼点より先端は白色。休眠雌は鮮赤色、体長0.53mm内外。雄成虫は淡赤色、黄赤色など寄主によって変異が見られます。体長0.45mm内外。
生態:
 下草内での繁殖も盛んで棚上への移動も頻繁に行われます。梅雨明けから急激に増加して8月頃ピークになることが多い。1世代の経過に必要な日数は20℃で約3週間、25℃で約2週間。
 1年間の発生回数が多いので、夏にはすべての生育ステージが混在します。年間の発生回数は10回程度、露地では6〜7月と10月ごろの2回発生のピークがあります。下草の処理が必要です。
3、ミカンハダニ
形態:
雌成虫は卵円形で、ビロード状の赤色。13対の淡褐色の太い胴背毛が赤色のコブから生えます。脚は白味を帯びた橙色。背中の後体毛の各対間には縦条がある。体長0.45mm内外。雄成虫は赤色で体長0.36mm内外。通常肉眼で確認しているのは雌成虫
生態:
卵は赤橙色で葉の脈沿いに産み付けられる事が多く、休眠はしません。年の世代数は10数回におよびます。25℃における1世代に要する期間は約2週間。
春になって気温が8〜10℃以上になると増殖が始まり、28℃くらいまでは温度に比例して増加しますが、気温が高くなる夏季は増殖が一時鈍り秋期に再び急増します。

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3.ハダニの発生と被害の様相
 はじめ葉の主脈に沿って淡緑色に退色します。拡大すると不規則、線状に葉緑が抜け被害がすすむとさらに葉全体が白っぽく退色します。寄生範囲は広く雑草、花卉、野菜、果樹など広範囲に及びます。
不適切な温度管理、根ぐされ、給水不足などが原因で衰弱した特定の株に被害が集中する場合もしばしば見られ、その後、次第に温室内全体に拡散してゆきます。
被害株は生育が衰える一方、葉や花にカスリ状の小斑点を生じ変色するので観賞価値を著しく損ないます。花が奇形化する原因はカイガラムシだけでなく、ハダニが原因の場合も多く見られます。

ハダニによる被害葉
(茶)

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4. 防除時期と殺ダニ剤使用に当たっての注意点
 早期発見、早期防除が鉄則です。ハダニは下葉の葉裏にいることが多く、発見が遅れると防除が困難です。早期発見に努め寄生密度の低い間に薬剤防除します。
1葉当たり成虫が1〜5頭の発生初期に散布して下さい。かけむらの無いよう丁寧に散布することは言うまでもありません。多発した場合は温室内の下草や器具類にも寄生、付着していますので散布が必要です。温室内では高温のため周年多発生することが多く、冬季間も必要に応じて防除を行います。特に開花前の蕾が小さい頃に株の点検を行い、吸汁加害による花の奇形化を防ぎます。いずれの薬剤も連続使用によって抵抗性を発達させやすいので、連続散布は避け年一回使用とし、作用点の異なる他の殺ダニ剤と組み合わせて輪番で使用する必要があります。卵、幼虫、成虫の分布状況を的確に把握し、効果的な薬剤を選択します。散布後は効果を確認し必要であれば追加散布を実施します。勝手な判断で指定濃度以下で用いたり、散布量を少なくすると効果は期待できません。散布量は葉の全面がしっとり濡れる程度が適量で、これより少ないと効果は低く、薬液が滴下するのは過剰です。乳剤、EW剤以外のFL(フロアブル)剤、水和剤を使用する場合は必ず展着剤リノーや新グラミンなどを添加してください。アブラムシ防除に殺ダニ効果のない合成ピレスロイド剤(アグロスリン、アディオン)などを使用するとハダニを増殖させることがあります。魚毒性、蚕毒性の強い薬剤が多いので、注意書きをよく読み河川への流入を避け、桑園への飛散防止に留意してください。眼や皮膚に刺激性のある薬剤が多いので取り扱いに注意する必要があります。

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5.殺ダニ剤の分類と特性
表1.殺ダニ剤の系統と特性
系 統
薬 剤 名
効 果




参   考


有機塩素系 ケルセン
アカール
エイカロール






紫外線で分解容易、ガラス室専用

亜硫酸エステル系 オマイト
×
     
有機スズ系 オサダン
×
×
 
抗生物質系 コロマイト
×
産卵抑制効果により残効性大
多剤混用薬害、温室内使用不可
チアゾリル尿素系 ニッソラン
×
×
 
合成ピレスロイド マブリック
ロディー
テルスター






 
ビフェナゼート剤 マイトコーネFL
×
 
ピラゾール系 サンマイトFL
(ピリダペン)
 
ピラニカEW
(テブフェンピラト)
温度による影響を受けにくい
ダニトロンFL
(フェンピロキシメート)
高温で効果大
クロルフェナピル コテツFL
 

注)FL= Flowable. EW= Emulsion Oil in Water.
2 主な殺ダニ剤のグループと作用点
系 統
薬 剤 名
作 用 点
有機スズ系 コロマト
マイトサイジン
細胞呼吸ATP合成酵素阻害
抗生物質系 コロマト
マイトサイジン
神経シナプスGABAレセプター
アゴニスト
ビフェナゼート剤 マイトコーネ 神経シナプス?
ピラゾール系 サンマイト
ダニトロン
ピラニカ
細胞呼吸電子伝達系サイト・阻害
アモトラズ剤 ダニカット 神経シナプスオクトバミン・レセプタ阻害

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6.薬剤抵抗性
薬剤抵抗性とは薬剤の使用(淘汰圧)に屈しない強い個体が生き残り、その性質が後代に遺伝してゆき、結果的に集団全体が耐性を獲得する現象です。
 ベンレート、トップジンMなどの殺菌剤に対するアルタナリア菌、有機りん剤に対するアブラムシの抵抗性の獲得が農業では問題になっています。ハダニは特に薬剤耐性を獲得しやすく、殺ダニ剤の使用に当たっては使用回数の制限、ローテーションの遵守などが必要です。すでに果樹、野菜関係では場所によって、ピラニカ水和剤に対する抵抗性ナミハダニ、カンザワハダニ、ミカンハダニが、またダニトロン・フロアブルやオサダンに対する抵抗性カンザワハダニが出現し防除効果が著しく低下しています。
1、交差抵抗性

  ある薬剤に抵抗性が発達した場合、それまで全く使用経験の無い同じ作用点(同系統)の薬剤に対しても抵抗性を示す現象を交差抵抗性と呼んでいます。

抵抗性の発達を避けるには、同一、あるいは同系統の殺ダニ剤を年1回以上使用しないこと、また違う作用点の殺ダニ剤を輪番使用するのが大切です。散布にあたっては適正濃度、散布量を厳しく守る必要があります。

複合抵抗性

作用点が異なっても、数種の薬剤を混合して何度も用いると、一度に多種の薬剤に抵抗性を発達ウせ、どの薬剤も使えなくなる恐れがあります。これを複合抵抗性と呼んでいます。

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7.主な殺ダニ剤とその性質
1.マイトコーネFL
散布濃度;1000倍
原体は従来にない新規化合物「ビフェナゼート」(一般名)を20%の割合で含むフロアブル剤。
既存の殺ダニ剤とは異なる化学構造および作用点を有し、既存の薬剤に抵抗性を発達させたハダニ類にも高い活性があります。有用昆虫や天敵に対する影響も極めて少ない薬剤
2. オサダンFL 
散布濃度;1000倍

各種のハダニ類に効果が高く残効性にすぐれ、長期間にわたってハダニ類の発生を抑え初期のダニ防除にきわめて効果的です。
ダニの幼虫や若虫に極めて強い殺虫作用(食毒・接触毒)を示し、散布 〜4日後に死亡します(遅効性)。卵期に散布しても孵化後の幼虫に対して効果を発揮します。 捕食性ダニ・寄生蜂・テントウムシ(天敵)やミツバチ(有用昆虫)に対する影響が少ない薬剤です。本剤は長時間静置すると分離するので、必ず振ってから使用します。散布液調製後は速やかに使用します(沈殿)。
3. コロマイト乳剤
散布濃度;1000倍

どの生育ステージの虫に対しても効果があります。即効性。他剤との混用及び近接散布により薬害が発生しやすい薬剤です。
4. サンマイトFL
散布濃度;1000倍

ナミハダニ、カンザワハダニの各ステージに活性がありますが、特に幼虫、若虫にすぐれ、効果は即効的です。
アブラムシ類(特にワタアブラムシ)、チャノキイロアザミウマに対しても活性があり同時防除が可能です。
5. コテツFL
散布濃度;2000倍
広い殺虫スペクトルを持っており、従来の薬剤に抵抗性を発達させたコナガ・アザミウマ類・ナミハダニなどの難防除害虫に対しても優れた効果を発揮します。
分離しやすいので希釈の際は充分に攪拌し、薬剤が均一に分散するように散布液を調整してください。害虫のいずれのステージにも効果がありますが、リンゴハダニおよびミカンハダニには効果がありません。作物の種類や生育ステージによっては薬害の発生がみられます。テスト散布により発生の有無確認が必要です。
6. オマイト乳剤
散布濃度;1500倍

亜硫酸エステル系の殺ダニ剤で各種のハダニに強い殺虫力を示し、持続効果が長く抑制期間は約1ヶ月にもおよびます。新芽の萌芽期から展葉期に薬害を生じやすいのでテスト散布による確認が必要です。
7. ピラニカEW
散布濃度;2000倍

経口・経皮により殺ダニ効果を示し、ハダニの卵から成虫まで高い殺ダニ活性をもっています。効果は即効的で残効性もあります。しかし近年、農作物で各種ハダニ類に抵抗性の発達が見られ問題になっています

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8.生物防除
 ハダニに対してはカブリダニ類という天敵がいますが、メス成虫は1日当たりハダニの成虫5頭と卵を30個ほど捕食するといわれています。
 近年、海外から捕食能力の高い種を導入して放飼する、いわゆる生物農薬がイチゴなど施設栽培で実用化されています。チリカブリダニという種類で商品名を「スパイデックス」、「カブリダニPP」として販売されています。今のところ、ランのガラス温室での使用知見がありませんが、将来はおそらく利用可能になると思います。

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