(D)害虫による傷害

 病原体による障害に比べ、害虫による傷害は意外に放置されることが多いようです。これは害虫による傷害が必ずしも株に致命的な影響を与えないであろうと考えられていることや、よくないことは解っているけれど、そのうち暇になったら消毒薬でも撒こうなどと悠長に考えていることが多いからでしょう。しかし、実はこの害虫による傷害が大問題なのです。ふつう植物は硬い細胞膜で覆われているので、外部から病原体が侵入することはそう簡単にできるものではありません。しかし、害虫は口傷を作ることにより病原体が外部から侵入する門戸を開放することになります。中には、害虫自身が病原体を運搬するベクターとして働いていることも考えられます。従って、病気の予防の基本として、病原体にたいする予防薬を噴霧するのと同等に、あるいはそれ以上に重要な課題といえます。実際には、害虫を見つけたらすぐに、または、例え害虫が見られなくても完壁なまでに予防することを勧めます。では、害虫による障害の各論を述べることにしよう。

1)コナカイガラムシ・カイガラムシ

 コナカイガラムシは最もよく知られた害虫の一種です。小さな刺のような口吻をもった虫で、あたかも粉を吹いたような蝋質で覆われています。葉やシースの隙間に潜んでいることが多く、かなり繁殖しないと人目につきません。繁殖を始めると、まず葉の裏やくぼみ、株の中央部(葉のつけねの重なった部分)に白い粉を吹いたように見える白点として現れます。一見して解りますが、噴霧した薬剤の跡と間違えることもあります。しかしこの時期が、消毒には最もよい時期といえます。繁殖が目だってくるのは、生育したカイガラムシが葉やステムのうえをはいまわるようになった頃が多いようです。一見、害がないように見えますが、重傷になると新芽を著しく犯すなど生育の異常が認められるばかりでなく、その外傷から他の感染症を導くことになります。葉裏はともかく、株の中心部に発生すると消毒しにくくなります。このような状態で放置しておくと株に大きな障害を与えるだけでなく他の株に伝ぱんするので、できるだけ早く、繰り返し繰り返し、念入りに消毒をする必要があります。

 カイガラムシの種類は多く、植物では最もありふれた害虫の一つです。カイガラムシは自分で動くことができないので、アブラムシ等、他の虫によって運搬されることにより広がっていくことが知られています。繁殖する場所は特定されず、株のどこでもみられます。従って、一度目にした時には、既に近辺にかなり広がって繁殖していると考えて間違いありません。口吻を組織に突っ込んで液汁を吸うので組織を傷つけて感染症を導くことになります。見つけたらブラシ等で軽く拭って落し、殺虫剤と殺菌剤の混合液を噴霧するとよいでしょう。殺虫剤が効果的に働くのはカイガラムシが幼生の時に限られています。卵が孵化するには数週間を必要とするので、一週間毎に3〜4回噴霧を続ける必要があります。

コナカイガラムシ

葉の凹部で繁殖するコナカイガラムシ

株の中心部で繁殖するコナカイガラムシ

カイガラムシは、葉の窪んだ所や隙間などに好んで繁殖する。見つけにくいばかりでなく、殺虫剤も十分に噴霧することが難しい。一旦発生すると、完全に除去することは至難の業と言える。

2) ハダニ

 ハダニの中にはアカハダニ、テンハダニ、ニセハダニなどの数種類が知られています。アブラムシやカイガラムシにくらべると小さくて肉眼では殆ど見えませんが、虫眼鏡用いると小さなクモのような虫が観察されます。従って、ハダニが発生しても繁殖して群生するようになるまで気が付かないことが多いことになります。まして株の中央部で繁殖すると、株に異常をきたすまで殆ど気が付かないことが多いようです。目につく場所、例えば葉の裏や葉のくぼみで繁殖すると、雲の巣のような白い糸の巣を作るのが見られることがあります。しかし、パフィオペディルムで最もよくみられるニセハダニではこのような巣を作りません。ちょっと葉の状態がおかしいと思ったら、虫眼鏡で観察することをお勧めします。かなり繁殖したときにみられる特徴的な症状は、葉の先端や両端に葉肉が落ち込んだようなくぼみとして現れ、黄色味を帯びた淡褐色あるいは茶褐色に変色します。あるいは、葉裏に広範囲にわたって淡黄色から淡褐色の染みのような侵食部を見せることもあります。カビ等による感染症とまちがえられることもあります。重傷になると、新芽や花芽の生育異常ばかりでなく、葉の生理状態を悪化させことになります。すなわち、塩障害や、フサリウム等の根に障害を与える病症に似た症状をあらわし、葉を衰弱黄化して落葉させるのです。放置しておくと株を枯らしてしまうことになりますので、軽視されがちな障害であるが、パフィオペディルムでは頻繁にみられる無視できない重大な障害と言えるでしょう。

パフィオペディルムにダニがついた、典型的な例です。葉の一部が班点状に緑色が抜けてきます。放置すると、これはさらに広がり、葉は黄色に変色して枯れ落ちていきます。しかし、多くの場合は、殺虫剤を使用しているので、このように葉に直接初期症状が現れることは無いようです。株の中心部で増殖し、既に傷められた葉が伸長してくる場合が多く、伸長した後で、その葉の置かれた状況により、生理的な複雑な病症となって現れると思われます。

葉の先端部によくみられる。葉肉がくぼみ、褐色に変色する。時間が経過すると、他の病原体による複合感染が起こるようになり、病症はさらに複雑となる。

治療がうまくいって、葉の生育が順調に進むと、色素が痛々しくただれたように見える食痕が現れてくる。かつてダニが繁殖していたと考えられ証拠となろう。

4) アブラムシ

パフィオペディルムではあまりみられないので省略します。必要なときは他の専門書を参照にしてください。

5) カタツムリ、ナメクジ

キラキラと光ったナメクジの這った跡が葉、鉢、ベンチなどに、縦横無尽についていることがよくあります。どんなに温室内をきれいにしていても、夜の間に好き勝手気ままに這いずり回っているかと思うと、無性に腹がたってくるものです。完全には撲滅することが難しい害虫の一つと言えるでしょう。害は少ないように見えますが、実はその被害は意外に大きいのです。まず、花や新芽などの若い組織を好んでかじります。硬いつぼみを少しでもかじられると、どんなに惨めな花が咲くは皆さんは十分にご存じのことと思います。さらにこれらは、昼間コンポストの隙間や鉢底など不潔な場所に潜んでいるので、カビや細菌等の病原体を運搬することが考えられます。特にパフィオペデルムの場合には、腐敗性の病気の原因を作ることが多いようです。

カタツムリやナメクジの駆除は、随時捕殺することが原則です。夜に温室内を見回ると効果的に捕らえることができます。

ウスカワマイマイ。とても可愛らしい小さなかたつむりであるが、枯れた葉や、病気で褐色に変色した葉を好んで食べる。何か不気味な存在といえる。

 殺虫剤としてナメキールやブロケスト等、市販の薬品がありますが、その効果が短期間で消失することに注意しなくてはなりません。これらの薬品は株の中央部に入ると、薬害で葉緑素(クロロフィル)が分解されることがありますので、注意して撒く必要があります。ビールを小皿に入れて誘引する方法もあります。ナメクジが嫌う銅剤やイオウ剤を鉢の回りやベンチに散布することもありますが、ベンチや温室内を薬剤で汚すのであまり勧められません。

(E) 生理的な障害

 生理的な障害には、塩分障害、日焼け、凍傷、薬剤による障害等があげられます。

1) 塩分障害

 根の回りに高濃度の金属イオンがあると洋ランの生育に障害をもたらすと言われています。特に、パフィオペディルムには顕著な影響が現れることが知られています。金属イオンと言っても多種多様のものがあります。カルシウム、マグネシウム、鉄、マンガン、モリブデン等、何れをとっても植物の生育に不可欠な要素ではありますが、過剰な投与は有害となることを忘れてはなりません。例えば、潅水に井戸水を用いている場合には注意を必要とします。井戸水が飲料水として適切かどうかが問われるように、潅水用の水として適切かどうかが問題になります。時には、やたら窒素化合物が多かったり、鉄分が沈澱するほどに著しく多量に含まれていることもあります。洋ランには飲料に適する水を与えるようにして下さい。不適当な水には軟化剤を用いることもありますが、必ずしもよい結果をもたらすとは言えず、新たな水源を求めた方が賢明でしょう。

 高濃度の肥料は根が吸収できないばかりでなく、逆に根から水分を奪い取ることになります。必然的な結果として’根腐れ’が起こります。また、さほど高濃度にないにしてもコンポストを度々乾燥させると、一時的にコンポスト内の肥料の濃度(当然塩濃度を含む)が濃縮されることにより同様の結果をもたらします。これは意外に多い失敗の一つと言えるでしょう。パフィオペデルムのコンポストを乾燥させることは、水分を好む植物を育てるうえでも好ましくないばかりか、根に塩障害を強制的に与えているのと同じことなのです。また、肥料の与え過ぎは我々趣味家にとって陥り易い問題です。特に、窒素過多になることが多いようです。このような悪い状態に陥ったとしても、すぐには兆候が現れませんので非常に始末がわるいと言えます。すなわち、数カ月後から半年後になってゆっくりと症状が現れ始めるのです。特に春先によく見られるようです。なぜなら、根の生育が止まっていた冬の間にこのような塩分が蓄積し、生育が急に旺盛になり始めた春にそのその障害が起こり始めるからです。基本的な症状は先にも述べた’根腐れ’と同じですが、時には感染症ではないかと思わせるような症状が出ることがあります。特に下葉に現れやすいようです。枯れ落ちるほど古くはないはずの葉が生彩なく次第に脱水していくような不健康な症状を呈し、茶褐色の細点や葉脈が浮きだしてくることもあります。葉は次第に黄化し、褐色化して、ついには枯れてしまいます。症状を現す株では、症状が次第に若い葉に移行するに従って、新しく出てくる芽は小さくやつれたものになっていくようです。そして、ついには株全体を枯らしてしまうことになります。このように異常な理由で枯れた葉の特徴は、健全な状態で枯れた葉と同様の色彩をしていても、枯れた葉に粘りがあって株から取り外し難いので容易に判断できます。

新しい株の下葉が黄色、あるいは褐色に変色してくる。葉は生彩がない。

放置すると葉が次第に落ち、最後には枯死する。ここまで進行すると再起不能  下葉が落ち、出てくる新葉はいじけたように小 さい。

2) 日焼け・凍傷

日焼け

強い太陽光が当たったり、葉にたまった水が高温になると、その部分の組織が傷害を受けて、日焼けとなる。株全般にわたるなど、よほどの事がなければ、株には大きな影響はない。しかし、日焼けした組織は回復しないので、傷害の痕は葉が枯れ落ちるまで残る。株を、適切な光の下へ移動させるか、遮光を強くするとよい。

凍傷

温室の暖房が壊れたり、株を車の中などに置き忘れたりして、株が急激に低温に遭遇したときに起こる。葉には初め、灰白色の斑紋が無数に現れ、葉の衰弱と供に褐色に変化する。いずれ、葉全体が褐色になり枯れ落ちる。株はほとんどの場合、死滅する。軽症の時は、室温まで、ゆっくりと温度を上げるとよいと言われている。

3) 薬剤による障害

 日中の高温時や不適切な条件で薬剤を使用すると、株の生育が阻害されたり、株や葉面に障害を現すことがあります。特に新芽や新葉に著しく、葉緑素が破壊された不規則な薄黄色の斑紋を現すことがよく見受けられます。たとえ適切な濃度の薬剤を用いても、薬剤が長期間株の中央部に溜っていると、新芽や新葉に障害が現れることになります。時には生頂点が障害を受け著しい成長の阻害を受けることもあります。 この斑紋は成長に伴い無くなったり薄くなったりすることもありますが、全く消えずに残っている場合が多いようです。病気ではないので他の株に感染はしません。被害を最小限にとどめるため、気が付いたら残存薬剤を水で洗い流すようにしてください。さきに述べたビグアニド系の消毒剤やカタツムリの防除剤等が株の葉上や中心部に残っていると、その成分のビグアニドやメタアルデヒドにより葉が白化する障害を起こしますので、注意する必要があります。

消毒薬による葉の色素障害。決して、元には戻らない。

4) その他

 時折、葉が畳状に伸びてくることがあります。一般的に、栄養障害ではないかと言われていますが、私の経験から水が欠乏したときによくみられるので、@水の欠乏症、A水が欠乏することによる塩分障害等と考えられます。この症状はいわゆる前述の塩分障害に比べると軽症ですので、水分の欠乏による塩分障害の危険信号と見るとよいでしょう。しかし、既に述べた根が犯されるさまざまな病気に感染していると、いくら潅水しても根は水が吸収できないのでよく似た症状を起こすことが考えられます。何れにせよ、このような症状が出たときには病気の危険信号と捉え、注意する必要があります。

畳状に織れた葉が出てくることがある
水を充分に与え、生気を取り戻すと正常な葉が出てくる。 

<治療> 植替え以外に方法はありません。根を特に念入りに洗浄し、新しいコンポストに植替えます。しばらくは施肥を控え目にし、特に固形肥料は避けた法がよいでしょう。時折、規定の5〜10倍に希釈した液肥を与えるようにします。何時、どのような状態になったら回復したかが判断できないので、気長に生育を見守り、生気を取り戻すのを待つようにします。

染色体の異常による奇形

治療の方法はありません。正常な花を咲かせるならば気にすることはありませんが、多くの場合い、奇形の花を咲かせるようです。処分するしかないでしょう。ただ、艶聞傷害や水の不足による生理的な傷害と混同する場合がありますので、注意して下さい。

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