パフィオペディルム雑考

 
   

 最近のパフィオペディルムのブームには目を見張るものがある。どこでどうして、火がついたのだろう。洋ラン栽培の初心者の中から、いきなりパフィオペディルムに飛び込んでこられる方も多い。でも、このような怪奇(?)現象は、我々パフィオファンにとっては有り難い話しといえよう。パフィオペディルム愛好者の底辺が広がれば広がるほど、当然知名度が高くなり、さらにその愛好者が増えることになる。

 洋ランにおけるパフィオペディルムをとりまく最近の事情は、10年・20年前のそれとは大きく異なっている。パフィオペディルムを長く栽培している愛好家を含めて、このあたりでゆっくりとその将来について考えてみる必要があるのではないだろうか。では、かつての事情と、どこが違っているのだろう。(1)ワシントン条約により、原種が自由に輸入できなくなった。(2)原種や原種交配を中心とする交配が盛んに行われ、比較的自由にこれらの苗が手に入るようになった。(3)栽培や交配等についての基本的な知識や情報が容易に入手できるるようになった。・・・等であろうか。(1)についてみると、いかにも窮屈になった感があるが、実際にはその逆と考える方がよい。すなわち、そのお陰で交配が盛んに行われるようになったとも言えるのではないだろうか。今や、どのような花が咲くか解らない山採り株を入手することなど、大きなメリットはまず無いと言ってよい。山採りだから価値があるなんて言葉に惑わされてはいけない。原種の優良個体のセルフクロスやシブリングクロスにより、まず間違いなく優良な同じ原種を作出し、選別することができる。そして、このように選別された優良な原種は、さらに原種交配や特殊交配に大きな影響を与えることは言うまでもない。かつては、原種にしても整形交配品種にしても優良な個体の数は比較的少なく、お金さえあればほとんどすべてを手元に置くことができた。今では、次々と生まれてくる優良個体に、その名称についていくことさえ困難な状態である。すなわち、優良な個体をじっと抱えて眺めていても、時間に伴って刻一刻と変化して行く情況の下、知らぬ間に過去の栄光の時代に取り残されてしまうことにもなりかねない。中でも、原種の希少種等と呼ばれている品種は、交配によりアッと言う間に普通種になってしまうだろう。ここで私が言いたいのは、パフィオペディルムに対する価値観の問題である。優良かどうかは自分の価値観で判断すること、常に世界の流れを見ていること、その流れに対して自分はどのように対処するかを考えておくこと、などである。事情に応じて自分の哲学を変更することなど、決して恥ずかしいことではない。すさまじく進歩して行く世情のなか、現状維持は後退を意味し、普通の速さで進んでも、相対的にはようやく現状を維持することができる程度である。ましてや、流行の先端を望もうものなら、思いっきり走り続けるしかない。

 これからのパフィオペディルムの開発の主流は原種のセルフ・シブリングクロスを含めた交配であることに尽きると言ってもよいだろう。その大きな流れは流行という現象をおこして、津波のように大きく世界を飲み込むようになろう。では、その津波の震源地はどこになるのだろう。今までは、多くはアメリカであった。冷静な見方をすると、日本のパフィオペディルム事情はアメリカの流れに追随していた、あるいは、アメリカに引っかき回されてきたといえるのではないか。しかし、考えてみていただきたい。この10〜20年の間に世界中の優良な個体が続々と日本に輸入されてきたことを。日本でも、一部の業者や趣味家の間で独自の交配が行われ、世界に認められるような優良な個体が選別されていることを。これは世界をリードするような交配という種を、何時でも蒔ける畑が仕上がったことを意味している。でも現実はと言えば、これら優良な個体の多くはただ趣味家の温室に静かに眠っていることが多い。どうして交配に使わないのだろう。花が泣いていますよ! 優良な個体を持っている趣味家は、率先して交配をしていただきたいと思うのだが。逆の見方をすれば、交配に用いるために優良な個体を入手するのではないだろうか。交配の実績が期待できる優良な花は、どんなに高くても買いたくなるだろう。明日のパフィオを支えるのは貴方ですよ! でも、思いつきの交配は控えるべきで、花が咲くまでの3〜5年の間、その交配に対する情熱が失われないような交配をすべきである。他の趣味家が欲しくなるような交配をするのも一つの方法といえよう。そのためには、それぞれの品種や交配についての知識が必要になる。それとて、決して容易とは言えないまでも、今では情報を入手することは可能なことだ。

 趣味家が交配を真剣に考えた時、交配をするには1つや2つの優良な個体を持っているだけでは不十分であることに気づくであろう。大手の業者か金のなる木を隠し持つ趣味家でない限り、自由に交配できるだけの交配親の数と種類を準備することは困難である。しかし、愛好会やランの仲間はこんな目的のためにあると考えても良いのではないか。すなわち、仲間同士で助け合えばよいのだ。いろいろな人の優良個体を持ち寄って交配ができるならば、かなりの範囲の交配が可能になる。これこそ愛好会の理想的なあり方の一つとも言えよう。そこで、どのような交配をするのか、・・・できるのか。これらの仲間で交配についての議論をするとよい。遊びの中で、さまざまな分野の知識が自由奔放に飛び交うなかでパフィオペディルムを議論することは、愛好家のレベルを格段に向上させるに違いない。実は、これこそ私の考えるパフィオペディルム仲間の理想的な姿なのである。このような状況を作り上げるために何年も準備を進めてきたつもりだし、これからも続けたい。これらの仲間を発信源とする小さな波が広く伝わり、全国のパフィオペディルム愛好家に大きな刺激・衝撃を与えたい。そしていつか、できれば近い将来、日本を発震源とする大きな津波を起こして世界を飲み込んでしまいたい。そんな時代が来ればいいなァ・・・、私が生きているうちに・・・。

・・・・・小春日和の優しい光りに包まれて、ボクはうたた寝の夢のなか・・・・

                                  完

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