NEWS NO.4

 USAの蘭友から、ある論文を探して欲しいという依頼を受けました。その論文とは、ここで紹介するパフィオペディルムのメリステムカルチャーについてのものでした。早速、著者に連絡を取り、論文を送っていただきましたので、ここでその内容を紹介しましょう。頭書、要点のみを紹介しようと思いましたが、内容を正確に伝えることが大切と考え、全文を掲載することにしました。

パフィオペディルムの組織培養による栄養繁殖
(第一報) 子房、花茎及び未発達花芽の培養

河瀬 晃四郎

京大農場報告、 Bulletin Exp. Farm, Kyoto Univ., 2, 1 ~ 7 ( 1990 )

<緒言> 
ラン類のなかでも,シソビジウムを始めとしてデソドロビウムやカトレヤ類は組織培養による増殖が可能で,営利栽培の面でその増殖技術が応用され,大量増殖が行われている.しかし,まだ大量増殖の技衝が確立されていない種類もある.その代表例がパフィオべデイルムである.
 このランはファレノブシスやバソダのような単茎性(monopodial)の種類ではなく,毎年,側芽が伸びて新たに株が増える複茎性(sympodial)の種類である.したがって,毎年確実に増殖はするが,非常に能率が悪いといえる.
 これまで,茎頂,花茎,板端,葉先き,及び子房などの培養が試みられ,茎頂のみからカルスや幼植物が得られているが1・2・5),バクテリアなどによる外植体の汚染がひどく,実用化にはほど遠いのが現状である.
 他方,このランの花序ほ,本来,無限花序であるが,普通には第1花のみが発育して開花し,第2花から先は開花しないが,ある品種では第2花も開花する.またまれには先端の芽が幼植物になることもある3).
 種子による増殖の過程で,バニラの未熟な胚珠の培養が試みられ,実生が得られたが8)、この方法をドリティスやカラソセ(エビネ)に応用し,受粉後の子房から多くのプロトコームや実生が得られている6・7).
 著者は,茎頂からの増殖が困難なパフィオペデイルムの増殖法を確立するため,花のいろいろな部分を培養し,2,3の知見を得たので,ここに報告する.

<材料と方法>

 材料と方法
 本実験に供した15品種は,いずれも京都大学農学部附属農場,古曽部温室で栽培,保存しているもので,普通に栽培したものである(第1表).
 これらの品種から,蕾あるいは開花時の花を採取し,各実験に供した.前者では花茎を数cmつけた状態で,後者では数cmの花茎をつけ,花弁を切除した状態で,以下の滅菌処理を行った.まず,70%エチルアルコールに数秒間浸漬したのち,5%(」/v)アンチホルミン液に15分間浸漬した.ついで,滅菌水で洗ったのち,各外植体を切り取り置床した.
 供試した外植体は,次のように作成した.花茎切片は子房の直下から長さ3〜5mmの円筒形に切ったもので,1本の花茎から2〜3切片を切り取った.子房は蕾のばあい,子房の長さが非常に短いので,上端及び下端を各1mm程度切除した残りの部分を,長さ紛5mmに切り,さらに縦に3分割したものである.開花した花では子房は長さ3〜5cmと長いので,子房の中央部分を長さ約5mmに切り,縦に3分割したものである.なお,子房(R)は3分割しなかった輪状の切片である.
 未発達花牙(‘花芽’とする)は,第1花の横に位置している芽で,長さ1〜3mmの子房組織及び長さ約3mmの花茎組織をつけたものである(第1図).
 花の黄化処理は黒ビニル袋をかけて行った.培地の主要塩類組成は,Vacin・Went及びThomale GDの処方で,添加した植物生長調節物質は,5mg/L 1−naphthaleneacetic acid(NAA),10mg/L 6−benzyladenine(BA)及び1,2mg/L 2,4−dichlorophenoxyacetic
acid(2,4−D)である.また,有機物としてココナツミルク(10%,v/v)を使用し,Sucroseは20g/L,agarは8g/Lとした(第2表).
継代は30〜40日間隔で行い,培養条件は25℃,3,000 luxで,10.5mm x 100 mmの試験管に1切片ずつ置床した.
 光学顕微鏡(ィ−Tr,オリンパス)及び走査形電子顕微鏡(SEM,JSM−T100,日本電子)による花芽,及び白色組織の観察は,各々の組織をアセトンにより脱水処理し,臨界点乾操装置(JCPD−5,日本電子)で乾燥後に行った.なお、SEMによる観察には金コーティング処理を施した.

用いた品種

外植体の作製概容

培地の組成

<結果>
〔氈l白色組織の形成
(1)培地組成の影響
 (a)Vacin・Went培地
 予備実験で,開花した花の子房切片を培養したところ,切片の内側(子房の胎座部)に白色の組織集魂(‘白色組織”とする)の形成をみたので,花の発育段階を考慮して,蕾及び開花した花から得た子房切片を供試し,また,花茎や未発達の花芽も合わせて供試した.
 蕾の子房を培養したばあい,まったく白色組織の生長をみないまま,切片が褐変してしまう品種もあったが,緩慢ではあっても,白色組識が徐々に生長する品種もあった.
 開花した花の子房では,白色組織の生長が早く,大きな組織塊になる切片が多かったが、やがて組織の一部が褐変し,8か月後にはほとんどの切片が褐変死した(第3表).
 ついで,花に黒ビニルの袋をかけ黄化した子房を,Vacin・Went及びVacin・Wentにココナツミルク(10%,v/v)を添加した培地(VW及びVW(C))で培養した.白色組織の生長に対する黄化処理の影響は,蕾及び開花した花の両者ともに認められず,また,培地へのココナツミルクの添加の影響も認められなかった.
 2,4−Dを添加した培地での培養結果を第4表に示した.蕾の子房では品種によって反応が異なるようで,品種:MoretonBay‘shigedonia’では大きな組織に生長する切片があり,それらは調査時にまだ褐変していなかった.開花した花の子房では多くの切片で組織の生長が認められたが,それらはやがて褐変死した.したがって,培地への2,4−Dの添加は,白色組織の生長にそれほど影響を及ぼさなかった.

(b)Thomale GD培地
子房切片における白色組級の生長は,蕾及び開花の両段階でともに旺盛で,大きな組織魂となったが,置床して9か月後には,ほとんどの切片で白色組織が褐変した.
 他方,若い菅に黒ビニルをかぶせて得られた黄化した蕾,及び開花した花からそれぞれ外植体を切り取り,同様の培地で培養したが,白色組織の生長は悪く,黄化処理しなかったものより,白色組織の大きさは小さかった.
さらに,同様の外植体を2,4−Dを2mg/1の濃度に添加したThomale GD培地で培養したが,白色組織の生長に対する2,4−Dの影響は認められず,ほとんどの切片で白色組織の褐変が観察された(第5表).

(2)顕微鏡による白色組織の載察
子房切片の置床後,10日間隔で切片を取り出し,FAA液で固定した.これらの切片をアセトンで脱水処理した後,臨界点乾燥装置で乾燥処理して,光学顕微鏡で観察した.
置床後,生長してくる白色組織は胎座及び胚珠がそれぞれ生長してできたものであることが明らかになった.置床後90日日までの調査では,子房壁(心皮)にほとんど変化がみられなかったが,胎座部は徐々に生長しており,胚珠はその多くが生長して太い柱状あるいは長卵形となっていた(第2図). 
  2,4−D(1mg/L)を添加したVacin・Went培地で培養した子房切片では,胎座部の生長する切片が多く認められた(第4表,第3図).

〔〕白色組織からの芽の形成
蕾の子房切片をVacin・Went培地で継代培養したところ,MoretonBay‘shigedonia’とHabitantの両品種で,白色組織に淡緑色あるいは緑色のカルス状組織の形成が認められ,緑色のカルス状組織には,やがて突起を生じ、その突起は徐々に生長して幼葉となり,芽の形成へと進んでいった(第3表,第4図).
  しかし,開花した花の子房においては,このカルス状組織の形成はほとんど認められず,部分的に小さなカルス状組織ができても褐変した.
〔。〕花芽の培養
  蕾あるいは開花の時点で採取した花茎の未発達の花芽を種々の培地に置床した結果,23芽のうち4芽で栄養芽の生育が認められた(第5図).他は雑菌により汚染したものを除けば,置床後まもなく褐変するか,あるいは芽の生育が認められないかのどちらかであった.
  花芽に花茎を長さ紛3mm,子房を長さ約1〜3mmつけた状態の外植体を作ったが,花茎部分は置床後1〜2か月で褐変するばあいが多かったのに対し,子房部分が褐変する場合は非常に少なかった。
 蕾段階の花芽よりも、花が開花した段階での花芽で、幼植物へ生育する率がわずかによかった.また,花芽の生育にとくに有効と認められるような培地組成はなかった.
 この花芽をSEMで観察したところ,蕾の段階も開花した段階も,外植体とした花芽は少なくとも2個の芽(第2花及び第3花に相当する)から成り,第1花が蕾の時に第2花は花弁形成期(後期)にあり,第3花は肥厚期(後期)にあることが明らかとなった(第6図).

〔「〕花茎の培養
 花茎は発蕾後閑花までの短期間に,急速に伸長し,生長のかなり活発な組織と堆測される.蕾及び開花した花の花茎から長さ紛5mmの外植体を作り,種々の培地で培養した.
 その結果,ほとんどの切片が生長の認められないまま褐変した.少数の切片は緑色の状態で残ったが,何んら変化は認められなかった(第3,4,5表).

考     察
 組織培養による栄養繁殖では,一般に茎頂がよく用いられるが,地生ランであるパフィオペデイルムの茎頂の培養においては,雑菌による汚染が激しいため成功率が非常に低い5).そこで,汚染が少なく,茎頂に代って増殖に使用できる組織を探し出す必要がある.
 茎項以外の組織で生長の盛んな部分として注目されるのが花器である.このランの花は普通1花茎に1〜2輪がつくが,Anotopedium亜属の原種(たとえば,P. philippinense Pfitz., P. stonei Pfitz. など)では,5〜6輪がつき,本来,このランは無限花序を作る種類である.
 そこで,未発達の花芽や伸長の速い花茎,それに花の主要構成部分である子房を供試して,それらの培養を試みた.
 これらの材料にはアンチホルミンの5%(v/v)溶液による滅菌処理が有効で,茎項のばあいにみられるような雑菌による汚染はほとんどみられなかった.茎頂培養において,77%あるいは100%近い汚染率であることからみて5),花茎や子房はかなり毛の多い器官であるにもかかわらず,滅菌処理が容易であることが分かった.
 沢ら4)はシュンランの栄養繁殖を目的として花芽の培養を行い,供試した花粉塊,花柱,子房,花茎といった培養組織のうち,子房及び花茎からカルスを得ている.
 本研究でも,予備実験で花茎及び子房の切片を培養したところ,子房には白色組織の形成が認められた.この組織は顕微鏡観察の結果,胎座部と胚珠が生長してできたものであることが分かったので,この組織からカルスあるいはプロトコーム状球体(PLB)が得られるのではないかと考え,種々の培地,あるいは花の齢を考慮して,蕾あるいは開花した花の子房を用いて培養を試みた.
 その結果,蕾の子房切片にカルス状組織が形成され,それから幼植物が得られた.すなわち,蕾の子房を培養したばあいは,白色組織の生長は緩慢であっても,やがてカルス状組織の形成が認められるようになり,そのカルス状組織に幼葉,芽及び仮根毛が形成され,幼植物となった.
 開花した花の子房においては,この白色組織の生長が非常に速く,置床後3〜4か月でその生長が最大となり,カルス状組織の形成が期待されたが,その後の生長は認められず、ほとんどの切片が褐変死した.ただ,少数ではあるが,部分的に淡緑色の小さなカルス状組織の形成をみる切片もあったが,芽の形成には至らなかった.
 この切片におけるカルス状組織の形成はVacin・Wentの塩類組成を基本培地としたばあいにのみ観察され,Tbomale GDの基本培地では白色組織の生長が蕾の子房でも,開花した花の子房でも非常に旺盛であったにもかかわらず,褐変死する切片が多く,カルス状組織の形成には至らなかった.
 これらの結果から,子房の採取時期は蕾のできるだけ早い時期がよいように思われるが,時期が早ければ早いほど子房は小さいので,今回のように切片にしないで,そのまま置床した方が,確実にカルス状組織の形成を導くことができるように思われる.
 花茎は出蕾から開花に至る短期間によく伸長するため,培養に適した組織であろうと思われたが,本実験で用いた培地ではカルス状組織の形成は認められず,増殖を目的としたばあい,あまり期待のもてる組織でほないと思われる.
 YASUGI6・7)はドリティス及びカラソセ(エビネ)の受粉後の未受精胚を含む子房を培養し,幼植物を得ているが,培養した子房壁から多くのプロトコームが形成されることを報告している.本実験に用いたパフィオペデイルムの子房培養においても,子房壁からのPLB形成は大いに期待されることであり,現に,蕾の子房を培養したばあい,子房壁にプロトコーム様突起を認めているので,この点に関しては,さらに追及していきたい.
 パフィオべデイルムが無限花序を作ること,花茎の先きに幼植物の生育がみられること3)などから,未発達の花牙は茎頂に次いで,増殖の目的に適した組織であると考えられたので,その牙を培養したところ,それらは栄養芽に生育することが明らかになったが,生育する外植体の数は非常に少なかった.パフィオペデイルムの花芽分化の様子は横溝9)の調査報告によって知ることができるが,それによれば本実験に用いた花芽では,第2花の花芽発達段階は花弁形成期(後期)に相当し,第3花は肥厚期である.培養によって栄養芽の生育がみられることほ,第3花が生育してくるものと思われるが,詳細には調査を行っていない.今のところ,栄養牙に生育する花芽の数は非常に少なく,さらに得られた幼植物の生長が非常に緩慢であるため,能率的な増殖が期待できない状態である.HUANG l)ほ幼苗の増殖育成に高濃度の糖とBAが有効であったと報告している.この結果を踏まえて,今後培養条件の検討を行いたい.

<摘 要>
 パフィオペデイルムの栄養繁殖を目的として,子房,花茎,及び未発達の花芽の無菌培養を行った.
 ここに供試した外植体を70%アルコール,ついで5%(v/v)アンチホルミンで滅菌したところ,雑菌による汚染は未発達の花芽でわずかに観察されたが,他ではほとんど認められなかった.
 子房切片の培養では白色組織の形成をみた.その組織の生長は,開花した花の子房では速かったが,まもなく褐変死した、蕾の子房のばあいは,その生長は緩慢であったが,それからカルス状組織が形成され,さらに,カルス状組織から幼植物が得られた.
 光学頻徽銘による観察の結果,この白色組織は胚珠及び胎座が生長してできたものであることが判明した.未発達の花芽は幼植物に生育することが分かったが,第1花が開花していても,蕾であっても,置床数に対して生育する芽の数は少なく,また,生育の様子も両者の間に差が認められなかった.
 花茎切片の培養でほ,何んら変化は認められなかった.
 子房や花芽の培養では,Vacin・Wentの塩類組成に5mg/L、1-naphthaleneacetic acid,10mg/L 6−benzyladenine,20g/L sucrose,8g/L agarを添加した培地が効果的であった.
<謝 辞>
 本論文を作成するにあたり,有益な御助言をいただいた京都大学農学部附属農場主事,行永寿二郎教援に感謝の意を表します.

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